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東京高等裁判所 平成6年(ラ)840号 決定

第八四〇号事件抗告人・第八四三号事件相手方(原審申立人・本案被告)

森田暁

齋藤洋

右両名代理人弁護士

奥平哲彦

舟辺治朗

小林正啓

第八四五号事件抗告人・第八四三号事件相手方(原審申立人・本案被告)

濱嶋健三

岡田英夫

右両名代理人弁護士

大井勅紀

熊倉禎男

富岡英次

辻居幸一

吉田和彦

第八四三号事件抗告人・第八四〇号事件、第八四五号事件相手方(原審被申立人・本案原告)

野口泰生

同(原審被申立人・本案原告亡嶋田かよ訴訟承継人)

嶋田元

右両名代理人弁護士

竹内桃太郎

大澤英雄

山西克彦

伊藤昌毅

主文

一  第八四〇号事件(本案被告森田暁及び同齋藤洋申立て)について

本件抗告を棄却する。

二  第八四三号事件(本案原告ら申立て)について

1  原決定主文第一項中、本案被告森田暁及び同齋藤洋に関する部分を取り消す。

2  右取消しに係る部分の本案被告森田暁及び同齋藤洋の申立てを却下する。

3  その余の抗告を棄却する。

三  第八四五号事件(本案被告濱嶋健三及び同岡田英夫申立て)について

原決定中、本案被告濱嶋健三及び同岡田英夫に関する部分を次のとおり変更する。

1  本案原告らに対し、東京地方裁判所平成五年(ワ)第一四三三〇号株主代表訴訟事件の訴え提起の共同の担保として、本決定の送達を受けた日から一四日以内に、本案被告濱嶋健三及び同岡田英夫につき、本案訴訟事件の訴状の請求原因事実第三の一に基づく請求につき、それぞれ一〇〇〇万円、同第三の二に基づく請求につき、それぞれ一〇〇〇万円、同第三の四に基づく請求につき、それぞれ一〇〇〇万円を供託することを命ずる。

2  本案被告濱嶋健三及び同岡田英夫のその余の申立てを却下する。

理由

第一  抗告の趣旨

一  第八四〇号事件

1  原決定の主文第二項の本案被告森田及び同齋藤に関する部分を取り消す。

2  本案原告らは、本案訴訟事件の訴状の請求原因事実第三の一、三及び四に基づく請求について、本案被告森田及び同齋藤に対し、相当の担保を提供せよ。

二  第八四三号事件

1  原決定の主文第一項を取り消す。

2  本案被告らの本件申立てをいずれも却下する。

三  第八四五号事件

1  原決定の主文第二項の本案被告濱嶋及び同岡田に関する部分を取り消す。

2  本案原告らは、本案訴訟事件の請求原因事実第三の三及び四に基づく請求について、本案被告濱嶋及び同岡田に対し、相当の担保を提供せよ。

第二  抗告の理由

本案原告らの抗告理由は別紙一、被告濱嶋、同岡田の抗告理由は別紙二のとおりであり、本案被告森田、同齋藤の抗告状には抗告理由の記載がなく、同本案被告らは抗告理由書を提出しない。

第三  事案の概要

事案の概要は、原決定の「理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりである。ただし、原決定四枚目裏八行目に「取締役」とあるのを「取締役会」と訂正する。

第四  当裁判所の判断

一 株主代表訴訟の訴えの提起についての担保提供命令の要件を定めた商法二六七条六項が準用する同法一〇六条二項の「訴ノ提起ガ悪意ニ出タルモノナルコト」とは、原告の請求が理由がなく、原告がそのことを知って訴えを提起した場合又は原告が株主代表訴訟の制度の趣旨を逸脱し、不当な目的をもって被告を害することを知りながら訴えを提起した場合をいうものと解するのが相当である。そして、株主代表訴訟の被告が右事実を疎明したときは、受訴裁判所は、その裁量によって定めた担保の提供を原告に命ずることができる。

商法一〇六条の規定によって供されるべき担保は、不当訴訟による被告の損害賠償請求権を担保するものであるが、明らかに理由がない訴えや不当な目的に出た訴えを抑制する機能も併せ有するものである。すなわち、一般の訴えにはない担保提供の制度が株主代表訴訟に認められているのは、自己の利益を図るなど不当な目的のための手段としてこの訴訟が利用されやすく、また、そのような訴訟の提起によって、被告となる取締役や、被告にはならないもののその会社の経営に対しても、重大な影響を与えることになるので、そのような不当な訴訟を防ぐためである。

このように、株主の監督是正権の行使として会社のために提起するという株主代表訴訟の本来の趣旨を逸脱した不当な目的に出た訴えを抑制することも、株主代表訴訟における担保提供の制度の趣旨であるから、右のような訴えの提起について担保提供を命ずべきであることは当然の事理であるということができる。また、右担保が不当訴訟による被告の損害賠償請求権の担保であることにかんがみれば、不当な目的に出た訴えだけではなく、請求に理由がないことを知りながらあえて訴えを提起するというような、裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠く場合にも担保提供を命ずることが相当である。

なお、訴えの提起が不当訴訟であるとして、その訴えの原告に損害賠償義務が認められるのは、故意による場合だけではなく過失による場合(重大な過失に限るかどうかはともかく)も含むと解されるが、原告が過失によって自己の請求に理由がないことを知らずに訴えを提起したことが疎明された場合にまで、担保提供を命ずることができると解することは、「悪意」という文言にそわないものであって、相当ではないといわなければならない。

そして、請求に理由がないことの疎明がある場合とは、原告が請求原因として主張する事実をもってしては請求を理由あらしめることができない場合(主張自体が失当である場合)、請求原因事実の立証の見込みが極めて少ないと認められる場合、又は、被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などがあげられる。そして、右の事情を認識しながら訴えを提起していると一応認められるならば、自己の請求が理由のないことを知って訴えを提起したものと推認することができる。

二  以下、右の見地に立って本件について検討する。

本件訴え提起の目的が株主代表訴訟の制度の趣旨に反する不当なものであるとはいえないことについては、原決定一八枚目裏二行目から同一九枚目裏二行目までに記載のとおりである。ただし、原決定一九枚目表三行目に「行われれている」とあるのを「行われている」と訂正する。

三  (本案訴状請求原因第三の一の事実について)

1  ジェー・シー・エルの首都圏リースに対する三〇〇億円の貸金債務につき蛇の目ミシンが保証及び物上保証(本社ビルへの担保設定)をした平成元年八月当時、本案被告濱嶋及び同岡田が蛇の目ミシンの取締役ではなかったことに争いがないから、右保証等をしたことについて、同人らの責任を問うわけにはいかない。

本案原告らは、右保証及び物上保証には無効原因があり、本案被告濱嶋及び同岡田は、その無効を主張すべきであったのにこれをせず、平成三年ころ(原審平成五年(モ)第二〇〇六九号の甲一四の1(以下、証拠番号は、特に断らなければ、右事件のものである。)によれば、平成四年三月ころと認められる。)、ジェー・シー・エルの右三〇〇億円の貸金債務の債務引受をしたことによって損害を確定させたと主張する。しかし、本案原告らが主張する保証等の契約の無効事由は、小谷らの恐喝行為にかかわることあるいは右保証等についての取締役会の決議に瑕疵があったことをいうもののようであるが、主張自体極めて曖昧かつ漠然としているし、小谷が恐喝事件で刑事訴追を受けていることが窺われるものの、蛇の目ミシンがした保証等の契約に無効原因があり、本案被告濱嶋及び同岡田が債務引受を決定した当時これを主張することが可能であったことを本案訴訟で証明することができる見込みは極めて少ないと認められる。また、甲一三の1、2、3、7、一四の1、2によれば、ジェー・シー・エルは、平成四年二月二四日、特別清算開始決定を受けており、蛇の目ミシンとしては、右債務引受に先立って、ジェー・シー・エルのナナトミに対する三〇〇億円の貸金債権(これに付随する担保付き)の譲渡を受ける以外には、保証人としての求償権の実現の見込みがなかったのであるから、右債務引受(求償権の放棄)によって三〇〇億円の損害が新たに発生したとは到底いえないし、新たな損害を増大させたとも認め難い。

そして、右の事情は、本案原告らにも認識が可能な事実関係であって、請求原因第三の一の事実中、本案被告濱嶋及び同岡田に関する部分は、請求に理由がなく、それを知りながら訴えを提起したことの疎明があるというべきである。

2  原審平成五年(モ)第二〇〇七六号事件の甲四(本案被告森田の陳述書)には、同人は、平成元年八月三日、狭心症の発作で倒れ、同月一五日から入院していたので、出社できず、また、その間の同月一〇日、一一日の債務保証等はやむをえないものであった旨の記載があるが、同人は、当時、蛇の目ミシンの代表取締役社長の地位にあったものであり、同人が蛇の目ミシンを代表して保証等の契約を締結したものと推認されるから(そうではない旨の疎明はない。)、仮に現実の契約書等の調印を他の者が代行したとしても、その行為についての責任は免れない。

3  右1に判示したほかに、請求原因第三の一について請求に理由がないことの疎明はない。

四  (本案訴状請求原因第三の二の事実について)

1  子会社に損害が生じた場合、同社の株式の価値は、特段の事情がない限り、右損害額と同額だけ落下し、同社の株式の全部を所有する親会社に同額の損害が生じたと考えることができる(最高裁判所第一小法廷平成五年九月九日判決・民集四七巻七号四八一四頁)。したがって、蛇の目不動産がニューホームクレジットの東亜ファイナンスに対する二五〇億円の債務について所有不動産等を担保に提供したことは、ニューホームクレジットに弁済資力がないとすれば、蛇の目不動産に損害を発生させたということができ、ひいてはその全株式を有する蛇の目ミシンに損害を発生させたということになる。本件において、蛇の目ミシンに損害が発生していない特段の事情の疎明はない。

そして、甲一、二、一八の1、2によれば、小谷ら光進グループとの株式問題については、蛇の目ミシン内に設置された株式問題処理実行委員会で検討していたことが一応認められるから、蛇の目不動産による右担保提供も蛇の目ミシンの役員らの決定、指示によるものであると推認されるところ、当時(平成二年六月一四日)、蛇の目ミシンにおいて、本案被告齋藤は代表取締役社長、本案被告森田は取締役会長の地位にあったもので、蛇の目不動産の担保提供の決定に参画していた可能性は否定できない。

したがって、蛇の目不動産に損害が発生したとしても、蛇の目ミシンに損害が発生したとはいえないし、また、右担保提供等が蛇の目ミシンの取締役会で議決されたことなどの主張がないとして、本案被告森田及び同齋藤に対する担保提供を命じた原決定は相当でない。

2  本案被告濱嶋及び同岡田は、ニューホームクレジットの債務引受及び蛇の目不動産の右担保提供の時点においては、取締役に就任していなかったのであるから、右債務引受及び担保提供についての責任を問うことはできない。本案原告らは、右本案被告らは、平成四年六月一一日の協定書によって、ニューホームクレジットが小谷の東亜ファイナンスに対する債務を引き受け、蛇の目不動産がこれに担保提供したことにつき、弁済を確認することによって、損害を確定させたと主張するが、右債務引受や担保提供が無効であるという主張自体が漠然としており、その立証の見込みが極めて少ないと認められ、また、甲一六によれば、右協定は新たな債務を負担するものではなく、逆に、金利の減額を合意するものであるから、本案被告濱嶋及び同岡田に対する請求原因第三の二の事実に基づく請求の理由がないこと及び本案原告らがそれを知って訴えの提起をしたことの疎明があったと認めることができる。

したがって、この点について担保提供を命じた原決定は相当である。

五  (本案訴状請求原因第三の三の事実について)

ジェー・シー・エルのミヒロファイナンスに対する債務を蛇の目ミシンが保証したこと(甲一七によれば、六〇〇億円のうちの二六七億円の債務の保証をし、それを支払うことを約したことが一応認められる。)についての本案被告らの主張は、経営判断として最善の方法であったというものであるから(本案被告濱嶋及び同岡田は、ジェー・シー・エルの特別清算が必要であったという。)、本案において決着すべき問題であるというべきであって、本案原告らのこの点についての請求が理由がないことの疎明があったとは認められない。

六  (本案訴状請求原因第三の四の事実について)

1  本案原告らの主張する本案被告濱嶋及び同岡田の責任原因事実は、小谷の日本リースに対する債務の肩代わりをしたジェー・シー・エルの引受債務について蛇の目ミシンが担保提供していた小金井第二工場の土地建物を、平成三年一二月に二〇〇億円で売却したことであり、その損害額は二〇〇億円であると主張する。

すでに物的担保責任を負う者が担保物を売却してその売却代金を弁済に充てたことによって、売却代金相当額の損害が生ずるというのは、担保提供行為が無効である場合であるが、本案原告らはその旨の主張をしておらず、仮にその主張をしたとしても、本件においてその立証ができる見込みは極めて少ないといわざるを得ない。また、担保物を任意に売却した場合、その売却価格が仮に不当であったとしても(被担保債権額を超える価値がある担保物でない場合に限る。)、その売却代金による弁済によって、責任を免れるとすれば、物上保証人には何ら損害が生ずることはない。甲一三の4ないし6によれば、日本リース(株式会社ジャパン・エル・シー・ファイナンス)は、平成四年三月一〇日、ジェー・シー・エルとの和解において、三九〇億円の債権のうち、蛇の目ミシンから弁済を受け、さらに担保の株券の評価額を弁済に充当した残額を免除していること、右和解は裁判所の許可を条件としているところ、同月一三日右許可がされたことが一応認められる。

したがって、蛇の目ミシンの担保不動産の売却によって蛇の目ミシンに損害が生じたとは認められず、この点に関する本案原告らの本案被告濱嶋及び同岡田に対する請求が理由がなく、本案原告らがそれを知りながら訴えを提起したことの疎明があったというべきであり、この請求についての担保提供の申立てを却下した原決定は相当でない。

2  右1の点を除き、他に担保提供を命ずるべき事情は見い出すことができない。

七  (商法二六七条一、二項所定の訴え提起の請求について)

この点についての判断は、原決定の二一枚目裏六行目から一〇行目までに記載のとおりである。

八  (担保の額について)

本案被告らに予想される損害、「悪意」の疎明の程度、その他諸般の事情を考慮すると、本件において命ずべき担保の額は、各本案被告ごとに、また各請求原因ごとに、一〇〇〇万円をもって相当と認める。

九  (まとめ)

以上の次第で、原決定のうち、請求原因事実第三の二本案被告森田及び同齋藤に関する部分について担保提供を命じた部分及び請求原因事実第三の四の本案被告濱嶋及び同岡田に関する部分について担保提供を命じなかった部分は不当であるから、右部分について原決定を取り消し、その余の部分については相当であるから、抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官及川憲夫 裁判官浅香紀久雄)

別紙一

平成六年(ラ)第八四三号事件

準備書面

第一、概説

一、原決定を一読して顕著なのは、原裁判所が事件の性格や訴訟提起までの経緯を重視することなく、基本方針として株主代表訴訟を抑制する方向で担保提供制度を活用しようとする意図がみえることである。

本件代表訴訟は、蛇の目ミシン工業株式会社(以下蛇の目ミシンという)の財産に大きな利害関係を有する個人大口株主(原告二名の所有株式は合計で約五〇万株)であって、経歴的にも蛇の目ミシンに関連が深かった両名が原告となって、旧埼玉銀行から派遣された取締役の被告らが、善管義務・忠実義務に違反しかつ同銀行の利益を優先させて莫大な損害を会社に与えたことについて、その責任を追及しようとするものである。

担保提供制度は、原決定も指摘するように、いわゆる会社荒らしに対処するために設けられたものであり、総会屋などプロ株主や特定の主義主張に基づく運動にこれを利用する者が、株主権を濫用して代表訴訟を提起することを抑制することを目的としている。抗告人らも代表訴訟が制度の趣旨に反して濫用されることについては問題があると認識しているところであるが(たとえば、原審被申立人の答弁書八頁)、本件代表訴訟がそのような類のものでないことは、多言を要しないところである。しかるに、原決定は原告らに多額の担保提供を命じ、総会屋ら株主権の濫用者と同列に扱うという、重大な過ちを侵している。

二、原決定は、「悪意」の他に過失による場合も、同様に担保提供命令の対象になるとして、「悪意」の範囲を著しく広げる基準を設定した。

また、原決定は、本案に先立つ担保提供申立事件で、疏明という限られた手続きの中で請求の立証可能性を判断しているが、これは戦前の「予審制度」を連想させるものであり、明らかに制度の趣旨を逸脱している(十分な釈明権の行使や証拠の事前開示を伴う運用であれば、それなりの意義があるかも知れないが、原審ではそのような審理は全く行われておらず、審理不尽というべきである)。

第二、原決定の「悪意」の認定基準について

一、右に述べたように、原決定の第一の特徴は、商法二六七条五ないし六項および一〇六条二項の定める「悪意」の解釈につき、請求に理由のないことを知りながら代表訴訟を提起した場合に限定するのは「過失による不当訴訟の場合を一切除外することになって妥当でな」く、過失ないし重過失に相当する場合も含むとして、結果的に法が明記する「悪意」の範囲を、解釈によって著しく拡大した点にある。

周知のとおり、法は「悪意」と「過失」「重過失」を明確に書き分けており、重過失または過失について悪意と同じ法律効果を付与する場合には、その旨を明文で明らかにしている。たとえば「悪意又ハ重大ナル過失」との文言は、商法二六六条の三(取締役の第三者に対する責任)、同五八一条(運送営業者の責任)、同六四四条(告知義務違反による保険契約の解除)、手形法一〇条(白地手形所持人の対抗力)、同四〇条三項(支払人の調査義務)、小切手法一三条及び二一条(同旨)など多くの条文にみられるところである。ということは、明文で「悪意」と限定している場合においては、基本的に「重過失」は含まれない、とするのが立法の趣旨であり、原決定の如く、担保提供命令の要件として明文で「悪意」とあるのを、軽々に「悪意又ハ重大ナル過失」と同じ意味に解釈することは、違法とのそしりを免れない。

二、原決定の第二の特徴は、本来、これから始まる本案についての審理の中で主張・立証されるべき問題に踏み込んで、主張については「請求の認容の可能性」、立証については「請求原因事実・抗弁事実の立証可能性」に関する判断を、「いわば本来の審理・判断を先取りするものとなる」という懸念を示しながらも、敢えて行っている点である。

すなわち、原決定の定立する「悪意の認定基準」によれば、「請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合」というのであるが、これは次に述べるとおり、「悪意の認定基準」としては相当性を欠くものである。

① 請求が主張自体失当の場合は別として、その基礎となる事実の主張は、訴訟提起の段階ですべてが確定されてしまうものではなく、訴訟の進展に応じて変動し得ることは我々が日常的に経験するところである。このことは株主代表訴訟においても変わるところはなく、かえって、証拠資料を被告側のみが独占的に利用できる代表訴訟では、被告側の本人尋問や被告提出の書証の他証拠との矛盾から事実を究明する機会が十分予想され、訴状の主張事実の変更の可能性は他の訴訟よりは高いことはやむを得ないと思われる。

② 立証については、本来、請求を基礎づける事実の立証は、本案の審理の中でかつ正規の証拠調べ手続きで行うべきものであって、本案以前の担保提供事件の中で深入りすべきではない。

このことは、原審でつとに強調してきたところであるが、原決定では後に述べるように、被告側の主張と疏明証拠から、いとも簡単に「現段階での主張や疏明からみる限り、極めて疑わしい」などとして「悪意」の存在を認定している。

原告側として、担保提供手続の中で手持ちの証拠を被告側にすべて開示したのでは、被告側が圧倒的に多くの社内資料を証拠として利用できる状況の中で、今後の訴訟戦術に支障を来す恐れがあるので、被告側の疏明については控えめな反証しかしなかったという経緯はあるが、原決定のような解釈をとるとすれば、結果として原告側に手持ちの証拠の事前開示を強制することになりかねず、甚だしく不合理である。

三、原決定の定立した担保提供に関する「悪意の判断基準」の当否を一応おくとしても、それが法文上一義的に明白ではなく、その内容について判例学説上いまだ定説がない現時点において、裁判所が新たに右のような基準を立て、これに従って当該事案について担保提供の要否を判断するのであれば、少なくとも裁判所としては当事者にその基準に従って主張・立証を促すべきである。

しかるに原裁判所は、何ら審理の方針や問題点を当事者に示すことなく漫然と審理を終結したものである。原告らとしては手持ち証拠の事前開示には反対であるが、その存在は主張のなかで大部分を明らかにしていたのであるから、原審の審理手続は著しく不公正なものというべく、その意味でも、原決定は取り消されるべきである。

第三、担保提供の対象たる個別の請求について

一、首都圏リースに対する債務引受(被告濱嶋及び岡田)

1、原決定(判示事項第三、二、2、(二))は、小谷による三〇〇億円の恐喝被害に始まり、蛇の目ミシンがこれを自己の債務として確認・弁済する旨の確認書を締結するに至るまでの一連の行為について、被告濱嶋と岡田が、蛇の目ミシンの保証と本社ビルへの抵当権設定が行われた当時は取締役に就任していなかったことを重視し、被告両名への担保提供を命じているが、「物上保証に無効原因があり、被告岡田及び同濱嶋には取締役就任後その無効を主張する義務があった……との原告らの主張も、その主張の内容等からみて、立証の見込みが低いものと予測せざるを得ない」と述べていることからすると、原決定の定立した前記の「悪意の認定基準」のうち、主張に関する部分すなわち「請求原因の重要な部分に主張自体失当な点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合」ではなく、立証に関する部分すなわち「請求原因事実の立証の見込みが低いと予想すべき顕著な事由がある場合」に該当するものと認定していることは明らかである。

2、しかしながら、被告両名は旧埼玉銀行に在職当時から、蛇の目ミシンの株式問題に関わってきたのであるから、同社による三〇〇億円についての保証と本社ビルへの抵当権設定が取締役会の適法な決議を欠く違法、無効なものであることを知っており、このことは会社の取締役会議事録や小谷の恐喝事件の証言記録などにより、十分立証可能である。

被告両名が蛇の目ミシン取締役に就任後は、この法的に問題があり社会でもその効力に疑問が出されていた保証と抵当権問題について、旧埼玉銀行側に対してその無効を主張して同社の損害を軽減ないしゼロとすることが可能であったことは、主として法的問題であるから立証不要ないしは容易に立証できることである(法的には損害の回避が可能でも事実上不可能というのであれば、それは被告両名の反証すべき事実である)。実際には、被告両名がそれとは正反対の行動をとり会社の損害を最終的に確定させたものであって、このことも、当時の取締役の証言等を得ることによって立証可能である。

3、問題は、保証と抵当権設定当時同社の三〇〇億円の損害が既に確定していたか否かであるが、これは右一連の行為を一体のものと評価し得るような事実関係が存在したかどうかという点に帰するわけであって、本案の審理に入る前に立証が著しく困難と決めつける原決定の判示は、全く根拠がない。

二、東亜ファイナンスに対する担保提供(被告斎藤、森田、濱嶋、岡田)

1、原決定の判示(判示事項第三、二、2、(三))

原決定は、「子会社が債務引受または担保提供をしたからといって、特段の事情がない限り、それによって親会社に引受額又は被担保債権相当額の損害が生じるものでないことは明らかであり……右のような主張に基づく請求は認容される見込みは著しく低いというべきである」こと、及び「右債務引受などが子会社の行為であることから、蛇の目ミシンの取締役の責任を認めるべき根拠についてはとくに具体的主張がなければならないと考えられるが、右の件が蛇の目ミシンの取締役会で議決されたことなどの具体的責任根拠についての主張はない」ことを主な理由に、原告らの「悪意」を認定しているが、これが誤りであることは以下のとおり明らかである。

2、損失論について

(一) 右にいう子会社蛇の目不動産は蛇の目ミシンの一〇〇%子会社であるところ、一〇〇%子会社の損失が、「特別の事情」等なくとも親会社の損失であることは、疑問の余地はない。けだし親会社の保有している子会社の持分すなわち株式の価値は、子会社の資産の価値であり、従って子会社の資産が減少すればそれは子会社の株式の価値の減少ないし下落として親会社の損失と同視し得るからである。

なお、右蛇の目不動産の場合と同様、一〇〇%子会社の損失が親会社の損失であることは、平成五年九月九日の三井鉱山株式会社事件に係る最高裁判決も認めているところであって、敢えてこれと反する判断をした原決定は、理解に苦しむところである。

(二) 右の一般論に加え、蛇の目ミシンの社内組織である「株式問題処理実行委員会」作成名義の平成三年一一月六日付文書(株式問題処理について)及び同一一月二九日付の社内文書(本書面末尾添付)によれば、同社は蛇の目不動産の所有する池袋、茅場町及び大阪心斎橋の物件(以下「三物件」という)を当然のように自社の資産として評価し、これを含めて「株式問題」ないし旧埼玉銀行外の金融期間に対する債務処理の原資とすることを予定していたことが明記されているのであって、この一事を以てしても蛇の目不動産の損失が即会社の損失であることは明らかである。

3、被告らの責任について

(一) 原決定は、被告ら四名のうち誰に関する論及であるかを明確にせず、単に東亜ファイナンスに対する三物件の担保提供が、「蛇の目ミシンの取締役会で議決されたことなどの具体的な責任根拠についての主張が無い」と判示しているので、以下被告森田及び同斎藤の問題と、被告濱嶋及び同岡田の問題に分けて論じる。

(二) 被告森田及び同斎藤について

(1) 取締役の善管注意義務違反は、単に三物件の担保提供のような会社に損害を及ぼすべき行為につき取締役会で賛成するなど、これを積極的に推進した場合のみではなく、このような会社に損害が生じかねない事態が進行しつつあるときに漫然これを拱手傍観した場合にも当然生じるのである。

蛇の目不動産は、前記のとおり蛇の目ミシンがその株式の一〇〇%を保有する同社の不動産管理会社であり、その役員も蛇の目ミシンOB他の同社関係者で占められていたことから、同社の意向ないしは決定と無関係に蛇の目不動産がその主要な資産である三物件を担保に供することなどあり得ないことである。

しかも現実に会社は、前記「株式問題処理委員会」名義の社内文書等からも明らかなように、自社の裁量で蛇の目不動産の所有する三物件を「株式問題」ないし金融機関等に対する負債整理の原資にすることを当然のこととしていたのである。

(2) 以上のように①三物件の担保提供は、蛇の目ミシンに重大な損害を与えることが明らかであること、②担保提供の直接当事者は蛇の目不動産であるとしても、それは蛇の目ミシンの一〇〇%子会社であり、蛇の目ミシンの意思と無関係に蛇の目不動産がこのような行動を取ることは経験則上あり得ず、また逆に蛇の目ミシンは容易に蛇の目不動産の行動を支配でき、かつ現実にそのように行動していたこと、③被告森田及び同斎藤は、蛇の目ミシンの取締役として、同社に損害を生ぜしめるような行動を取らないという消極的な不作為義務を負うだけではなく、損害が生じようとするときはこれを回避するための積極的な作為義務を負うこと、の各点に鑑みれば、被告森田及び同斎藤が事前に担保提供について知らずまた知る機会も与えられていなかったような特殊な事情の主張立証がない限り、「蛇の目ミシンの取締役会で議決されたことなどの具体的な責任根拠についての主張が無」くとも、原則として右両被告の責任が推認されると解すべきである。

(三) 被告濱嶋及び同岡田について

原決定は、「平成四年六月一一日に、旧埼玉銀行、東亜ファイナンス等と蛇の目ミシン及び蛇の目不動産との間で締結された協定は、本件東亜ファイナンス関係の債務についての蛇の目ミシンに対する新たな債務を負担させたものではないことが、一応認められるから、右協定を損害の根拠とすることもできない」と判示しているところ、この部分は文言上は明らかではないものの、被告濱嶋及び同岡田に対するものと推測される。

しかしながら、原告らは、訴状第三、二、3及び平成六年三月一四日付準備書面第二、二において詳論したとおり、平成四年六月一一日付で締結された右協定の基礎となる三物件の担保提供は、東亜ファイナンスを始めとする旧埼玉銀行側がメインバンクという優越的地位を濫用して蛇の目ミシンに巨額の債務を肩代わりさせたもので公序良俗違反に該当し無効であること、従って被告濱嶋及び同岡田が、右の経緯を知りながら無効な担保提供等の効力を確定せしめるような右「協定」を締結し、以て蛇の目不動産及び蛇の目ミシンの損害を確定させたことを「損害」であると主張しているのである。

また、そもそも本件三物件の担保提供等のように、東亜ファイナンスを始めとする旧埼玉銀行側等の第三者の利益をはかることだけを目的にした行為については、取締役会決議の有無を問わず会社の機関の権限濫用行為として、民法九三条但書の趣旨の類推により、悪意又は重過失の相手方にその無効を主張し得るものである。

そして右担保提供等は、前述のとおり旧埼玉銀行側の主導で行なわれたものであり、同行側はその間の事情を熟知していたのであり、従ってこの意味でも右担保提供は無効であり、従って右「協定」の締結が蛇の目ミシン側に損害を与えるものであったことは明らかである。

以上の次第であるから、被告濱嶋及び同岡田は東亜ファイナンスに対する担保提供及び平成四年六月一一日付の旧埼玉銀行、東亜ファイナンス等と蛇の目ミシン及び蛇の目不動産との間の協定締結により、蛇の目ミシンに対して金二五〇億円の損害を与えたものである。

第四、結論

以上の通り、一部担保提供を認めた原決定は、その依って立つ「悪意」認定の基準に疑問があるばかりか、不適切な訴訟指揮、経験則に反する事実認定、不適切な考察等によりなされたものであるから、原告らは抗告状記載の裁判を求めるため、本件抗告に及んだものである。

別紙二

平成六年(ラ)第八四五号担保提供命令抗告事件

抗告理由補充書

抗告理由の補充

原決定中抗告人濱嶋健三の申立て及び同岡田英夫のその余の申立を却下するとした部分には、商法二六七条五項、六項、同法一〇六条二項に関連する事実の誤認および法律の解釈の誤りがあると思料する。その理由は、以下のとおりである。

第一 原決定中の取消しを求める部分

一 原決定中、抗告人濱嶋健三(以下「抗告人濱嶋」という。)及び同岡田英夫(以下「抗告人岡田」という。また、右両名を併せ「抗告人両名」という。)が取消しを求める部分は、原決定二項の「被告らのその余の申立てを却下する。」とした部分である。

相手方が原告として提起した東京地方裁判所平成五年(ワ)第一四三三〇号株主代表訴訟事件(以下「本案事件」という。)の請求原因中、原審により却下され、抗告人両名が抗告を申し立てている担保提供命令申立てにかかる請求原因は、以下のとおりである。

1.原決定の理由第二、一(本件本案訴訟の概要)、3記載の以下の請求原因の骨子

「光進のミヒロに対する債務の肩代わり

小谷は、蛇の目ミシン株式の買占め資金をミヒロファイナンス株式会社から借り入れていたが、平成元年九月、ジェー・シー・エル及び蛇の目不動産株式会社が右借入のうち六〇〇億円の債務引受をし、平成二年三月これがジェー・シー・エルの六〇〇億円の債務として一本化された後、平成三年の取締役(抗告人両名注「取締役会」の誤記であると思われる。)において、蛇の目ミシンが右債務のうち一三〇億円を保証する旨の決議を行い、蛇の目ミシンに同額の損害を与えた。」

なお、以上は、本案事件訴状の請求原因第三、三(「ミヒロに対する一三〇億円の債務保証行為」)に対応する。

2.原決定の理由 第二、一、4記載の以下の請求原因の骨子

「日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供

平成二年六月から七月にかけて、ジェー・シー・エルが小谷の日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する三九〇億円の債務を肩代わりし、蛇の目ミシンの小金井第二工場の土地建物を担保提供した。そして、平成三年一二月右不動産を二〇〇億円で処分して弁済に充てた結果、蛇の目ミシンは同額の損害を受けた。」

なお、以上は、本案事件訴状の請求原因第三、四(「日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供)に対応する。

第二 原決定の誤り

一 「本件本案訴訟提起の目的等について」

原決定は、第三、一において、「悪意の意義等について」と題して、商法二六七条五項、六項、同法一〇六条二項に規定されている株主代表訴訟における「悪意ニ出タ」とは、一般的にどのような場合を指すのかについて、原審裁判所の見解を詳細に述べている。抗告人らは、右に述べられた一般論について、何らの異論もないばかりか、積極的にこれに賛同するものである。

しかしながら、その一般論の本件への具体的適用について論じた原決定第三、二について、一部首肯しえない点があるので、以下に論ずる。

1.原決定は、第三、一、3において、以下のように述べている。

「右制度(抗告人注 代表訴訟における担保提供制度)は、もともと、株主権を濫用し、不当な利益を得る目的で代表訴訟を利用するいわゆる会社荒らしに対処するために設けられたものであり、提訴者が代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的を有する場合には、当該訴えの提起が訴権の濫用として不適法となるかどうかという問題とは別に、担保の提供を命じ得るものと解すべきである。そして、右のような、正当な株主権の行使と相容れない不法不当な目的に基づく訴え提起については、それ自体として会社制度の健全な運営に対し有害であって抑制されるべきものであるから、不当訴訟の具体的な可能性についての疎明がない場合でも、その一般的な可能性に備えるものとして(右のような訴え提起は、目的の不当性に加えて、請求の成否自体を必ずしも問題にしないところからも、不当訴訟となる一般的可能性は高いといってよかろう)、担保提供を命ずることができると考えるべきである。」

以上の原決定の判断は、極めて合理的なものと考える。

2.ところで、原決定は、「悪意」の認定について、前記の一般論を展開しながら、第三、二、1(一)ないし(三)において、本件本案訴訟提起の不法、不当な目的を根拠づける事情についての抗告人両名の主張に対し、それぞれ個別に理由を上げ、いずれも、原告らの「悪意」を認定するに足りない旨判示している。

しかしながら、抗告人両名は、右の判示部分を首肯することができない。その理由は、以下のとおりである。

(一) 第一に、原決定は、原告両名に対し、抗告人両名に対する本件本案事件訴状請求原因第三の一に基づく請求(小谷による三〇〇億円の恐喝被害)及び抗告人両名外二名に対する同第三の二に基づく請求(東亜ファイナンスに対する担保提供)について、各請求ごとにそれぞれ一〇〇〇万円(抗告人濱嶋及び同岡田について、各合計二〇〇〇万円)の担保を提供するように命じている。

相手方が担保提供を命ぜられた右各請求原因に係る請求額の合計金額は、合計五五〇億円という巨額に達するものであり、また、命ぜられた担保提供額も、決して小額なものとはいえない。

ところで、原決定は、相手方両名が、右の合計五五〇億円に昇る損害賠償を抗告人両名に提起することが、少なくとも「請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合」(原決定第三、一、1)に該当する旨認定している。本案事件において、相手方が抗告人両名に対して請求しているのは、各自について合計八八〇億円であり、後述するとおり、この全部の請求について、相手方は請求に理由がないことを認識していたとされるべきであるが、仮に、原決定が担保の提供を命じた合計五五〇億円の請求に限って考えても、右金額は、相手方の全請求合計額八八〇億円の62.5パーセントという大きな割合を占めるものである。

相手方が、不法不当な目的もなく、このような巨額な請求にかかる訴訟を、少なくとも「請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない」まま、あるいは、「請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があり」ながら、安易に提起したと想定することは困難である。すなわち、右のような異様な訴訟を提起したこと自体により、相手方は、必ず、何らかの不法不当な目的を有していたものと認定されるべきである。

そして、このことは、次項に述べる個別の事情によっても、明確に裏付けられるというべきであり、また、その不法不当な目的の内容も明らかとなるものである。

(二)(1) 原決定は、「原告らには、本件本案訴訟を通じて旧埼玉銀行の責任を明らかにするという目的があることが認められ、また、同行及びその出身取締役に対する反感があることも窺われなくはない」と認定しながら、「このような目的等があったとしても、正当な株主権の行使と相容れない不法不当な動機・目的があるということはできないから、「悪意」があるとはいえない」と判示する。(原決定第三、二、1(一))

確かに、右認定事実のみから、相手方の不法不当な動機・目的を認定することは困難であるかも知れない。

しかしながら、相手方は、たんに代表訴訟本来の目的に加え、右判示のような目的ないし感情をも有していたというものではなく、専ら銀行出身者に対する個人的な敵意に基づくものか、または、銀行に対して何らかの圧力をかけること、また、相手方野口については更に、蛇の目不動産の取締役としての責任追及を免れることを期待して本案事件の訴えを提起したものである(申立人準備書面(一)第六)。

このことは、

① 本訴は、六名程度の被告によっては到底支払えないような巨額な損害賠償請求であり、仮に損害の回復を考えれば、少しでも多くの有責と思われる取締役を提訴することが自然であるはずなのに、提訴された六名の被告中、小谷、安田の両名を除く四名は、いずれも銀行出身者であり、とくに抗告人両名は、社長の職に就いたこともなく、取締役としての任期も一連の経緯中の終盤に近いごく短期間に過ぎないのに提訴されている。

② 他方、抗告人両名以外に、両名の就任以前から小谷の株式問題に端を発する当初の債務負担や担保提供に関する取締役会の決議に参加し、相手方の立場からすると、より責任を追及しやすいはずの多くの取締役や、抗告人両名と同一時期に業務執行に当たった多数の取締役及びこれを監査すべき監査役は、全く訴えられていない。

③ 本訴の請求原因は、ことごとく、銀行の責任と一体のものとして捉えられており、銀行出身者が、すべて銀行の利益のため、他の取締役を「威迫・誘導」して、違法な行為をなさしめ、あるいは、自ら違法な行為をなしたという荒唐無稽なものであり、銀行出身者に対する敵意ばかりが目立っている。

例えば、相手方が抗告人両名により威迫誘導がなされたと主張する「ミヒロに対する一三〇億円の債務保証」に関する請求原因事実につき、相手方の主張によれば抗告人両名から威迫誘導を受けたはずの抗告人両名以外の他の取締役である関浩一、村上一宇及び末永貞二らは、いずれも「弁護団の意見も聞き、討議の上、会社再建のため必要と考え、この和解案に同意しております。」(関浩一、疎甲第二四号証)、「……討議の上、この和解案に同意しております。」(村上一宇、疎甲第二五号証)、「……必要な和解であったし、この結論を出すために、再三にわたって、常務会・取締役会を開催して論議を尽くし、且つ顧問弁護団の意見も聴いた上で、総合的な見地から早期解決・経済的負担の軽減を図るべく高度の経営判断をしたものである。」(末永貞二、疎甲第二六号証)等と述べており、相手方の主張が全く事実に基づかないものであることが明らかである。にもかかわらず、相手方が、敢えて真実をまげてまで、「威迫・誘導」などという表現を使用して、右ミヒロに対する債務保証に賛成していた多数の取締役中からとくに抗告人両名に対して提訴したのは、銀行出身者である抗告人両名に対する特別な敵意に基づくものであるとしか考えようがない。

④ 申立人両名が取締役に就任していた当時、蛇の目ミシンは、株式問題の事後処理の一方で、経営の抜本的改善の必要から、不採算支店の統廃合等、大幅な合理化策が決定、実施されることになり、(疎甲第一一号証)両名もその推進に努力し、その結果として、一部の蛇の目ミシンの役員や社員から個人的な反感を買った可能性がないとはいえない。

以上の事実から、明らかである。

また、相手方が前記のような専ら銀行に対する敵意や特殊な意図に基づいて、本案事件の訴えを提起したと解さない限り、前(一)記載のように、抗告人両名に責任がないことを認識しながら、このような異様な訴訟を提起した理由を説明することができない。

(2) 原決定は、「鈴木晃が提唱した「経営刷新委員会」のメンバーとして原告野口の名が上げられているが、これが同原告の意思に基づくものであること、本件訴えが蛇の目ミシンの経営に関与することを目的としたものであることを認めるに足りる資料はない。」(前記同項)と判示する。

しかしながら、申請外鈴木晃作成の「蛇の目ミシン 経営刷新委員会設置についての承認願い」と題する書面(疎甲第二三号証)に経営刷新委員会構成メンバーとして被申立人野口の氏名が掲げられており、しかも、右書面には、委員会構成メンバーとして、他に「新社長予定者(外部招聘/大蔵省出身者を希望」、「副社長予定者(銀行派遣の代表者)」等の記載があるが、固有名詞を使用して特定してあるのは、実質的な作成者と思われる鈴木晃と相手方野口のみである。そして、右書面中の「下記メンバーによる経営刷新委員会を大株主として、是非ご承認いただきたくお願い申し上げます。」という文章から、右文書が、蛇の目ミシンの複数の有力な株主に対して配付されるものとして作成されたことが明らかである。にもかかわらず、右鈴木が、大株主である相手方野口に何らの連絡、了解をとることもなく、このような書面に勝手に他人の氏名を使用することなど、通常あり得ないことである。相手方野口は、右書面の送付を受けて初めて右事実を知った旨主張するが、右書面の送付を受けた時期についてなんら主張しない。(申立人準備書面(三)第四、一、)

これらの事情に鑑みれば、鈴木晃が提唱した「経営刷新委員会」のメンバーとして相手方野口の名が上げられているのは、同相手方の意思に基づくものであることを認定することは容易なことである。

また、平成元年から蛇の目不動産の常務取締役に就任していた相手方野口が、前記書面に、多数の株主の中からただひとり、蛇の目ミシン経営刷新委員会の主要メンバーである株主有志として、記載されていることからすると、相手方野口が蛇の目ミシンの経営に参加する意思を有していなかったと考えることは困難である。

以上の事実に、前(一)記載の事実を併せ考えると、申立人らの、同相手方が「蛇の目ミシンの経営に関与することを目的にして」本訴を提起したと推測することは、合理的である。

原決定は、右のような事情を看過して、前記のとおり、事実を誤認したものと考えられる。

(三) 以上によれば、相手方には、本案事件の訴訟提起にあたり、その各請求原因の全部にわたって、一貫して正当な株主権の行使と相容れない不法不当な動機・目的を有していたと認定されて然るべきである。

なお、請求に理由があること及びこれを認識していたことについては、原決定が正当に判示しているように、各請求原因ごとに格別に判断すべきであるが、主観的な不法不当な動機・目的の認定にあたっては、一個の訴状で各請求を併合して訴えを提起している以上、その意図を請求原因ごとに分割できるはずもないから、前記各事情を総合して、一個の不法不当な意図・目的が存在したか否かを判断することが合理的である。

3.よって、個々の請求原因に対する抗告人両名の主張を述べるまでもなく、全ての請求原因について、相手方の悪意を認定すべきである。

二 「責任原因の内容に関連する主張について」

以下、原決定が却下した担保提供命令にかかる抗告人両名に対する各請求原因に関連する主張が、いかに失当であり、将来、これが是正される可能性もなく、また、立証の可能性もないこと及び相手方がこれらを認識しながら、本案事件を提訴したものであることを明らかにする。なお、抗告人両名の原審における右各請求原因に対する主張は、申立人準備書面(一)第三及び同準備書面(三)第二に述べられており、本準備書面は、これを補足するものである。但し、本件理由補充書においては、各請求原因事実記載の事実間の関係の理解を容易にするため、本案事件の訴状の請求原因事実の記載順序によらず、時系列の順に記載した。

1.日本リース(ジャパン・エル・シー・ファイナンス)に対する担保提供(原決定の理由 第二、一、4、本案事件訴状の請求原因第三、四)

(一) 相手方の訴状請求原因第三、四、の抗告人両名に対する主張は、要旨以下のとおりである。すなわち、

小谷は、日本リースに対する借入金三九〇億円を蛇の目ミシン側に肩代わりさせようと画策し、安田がその意を受けて蛇の目ミシン側のジェー・シー・エルに圧力をかけ、蛇の目ミシンには小谷側保有の蛇の目ミシン株の確保をもって誘引し、平成二年六月から七月にかけて、ジェー・シー・エルに対しては、三九〇億円の債務を負担させ、蛇の目ミシンはその物上保証として同社の小金井第二工場の土地建物を担保提供させたという背景のもとで、抗告人両名は、旧埼玉銀行の意を受けて右担保売却を急ぎ、平成三年一二月蛇の目ミシンの主力工場である小金井第二工場の半分に当たる右第二工場を二〇〇億円で売却して、日本リースへの弁済にあて、蛇の目ミシンに同額の損害を与えた。

以上が相手方の主張の要旨である。

(二) まず、相手方の主張によれば、ジェー・シー・エルの日本リースに対する三九〇億円の債務を物上保証する旨の合意は、平成二年六月から七月にかけて、右各当事者間に成立していたというのであり、実際、抗告人岡田の就任以前に、既に、日本リースからジェー・シー・エルに対し、三九〇億円の融資がなされたようである。

なお、相手方の主張する右物上保証は、正確には、当時、未だ人的保証であり、物上保証となったのは、後述するように、同年九月二八日である。

しかし、抗告人濱嶋は、右当時、未だ、蛇の目ミシン取締役に就任していない。また、抗告人岡田は、同年六月二八日の株主総会で取締役に選任されたばかりであり、前の職場での引継ぎ等に多忙で、現実に蛇の目ミシンの取締役として赴任したのは、同年七月九日であり、同七月四日、右債務保証を承認する旨の決議を行なった蛇の目ミシンの臨時取締役会には欠席せざるを得ず、実質的に右取締役会の議題について調査し、取締役会に出席して意見を述べる機会はなかった。

従って、抗告人両名は、この段階までに、右債務保証について、何ら関与していないし、責任を負うべき立場にもない。

その後、同年九月二八日、蛇の目ミシンの取締役会が開催され、右三九〇億円の債務の保証を小金井第二工場の土地建物への根抵当権の設定に切り換える旨の決議をし、抗告人岡田は、右決議に参加したが、元本三九〇億円の融資についての無制限の人的保証を有限な物的保証(右物件の処分当時の価値は、二〇〇億円以下であった。)に切り換えることは、会社の負担の拡大を防止することにはなっても、蛇の目ミシンに対し、追加的負担を与える行為でないことは明らかである。

また、相手方は、右ジェー・シー・エルの日本リースに対する三九〇億円の債務が無効であると主張しておらず、無効となるような事情も見当たらないから、無効行為を追認したということもあり得ない。

また、抗告人濱嶋の就任当時には、蛇の目ミシンは、すでに小金井第二工場への抵当権の設定を終了していた。

(三) その後、ジェー・シー・エルは、金利も含め、支払能力を喪失し、日本リースは、ジェー・シー・エル振出の額面一三〇億円の約束手形を取立に回して、不渡りとし、物上保証人であった蛇の目ミシンに対しても、強硬に支払を求めてきた。蛇の目ミシンは、このまま事態を放置すれば、第二工場について抵当権が実行されることが必至の状態であることを考え、その場合の信用不安を回避し、また、少しでも有利な状況で右担保物件を換価し、蛇の目ミシングループと日本リースとの間の紛争を解決しておくことが好ましいと判断した。右に至る間、蛇の目ミシン内部における経営会議、何回にもわたる取締役によるミーティング、蛇の目ミシンの弁護団との会議、弁護団、会計士、税理士を含む専門家との打合せ会等で協議を重ね、右判断が法的にも、経済的にも正しいことを確認し、右判断に基づき、蛇の目ミシンの顧問弁護士を代理人として、何回にもわたり、日本リースと交渉、協定案の作成等をしたうえ、蛇の目ミシンの取締役会の決議を経て協定に合意し、売却を行ったものである。(疎甲第二四号証の一、二)

右売却は、東京都の住宅供給公社及び小金井市土地開発公社を相手方とするもので、売却価額は、当然ながら、市場価値に比して相当であり、日本リースとの右協定を締結することにより、諸費用も節減でき、抵当権実行による任意競売に付した場合に比して、経済的に有利な解決となったため、この任意売却による損害は全くない。

以上のように、すでに、有効な保証契約ないし抵当権が設定されており、その担保権の実行が公表されることによる信用不安を回避し、また、抵当権実行による任意競売より有利な任意売却を行う決議に賛成したことは、取締役として、損害を蛇の目ミシンに生じさせる行為ではなく、合理的な判断であり、右行為が取締役の義務に反することはありえない。

更に、相手方が主張する損害について検討すると、有効な抵当権が設定されている不動産の所有者が、債務者が実質債務超過状態に陥って、抵当権が実行されることが当然予想される場合において、抵当権を設定している不動産を任意売却して売却代金から債務を返済することは、任意売却の代金が不当に低額であった場合等の特別な事情のある場合を除き、所有者に損害を与えるものではないところ、相手方は、右の特別の事情を全く主張していないし、実際にも、そのような特別の事情は存在しなかった。

実際の結果をみても、蛇の目ミシンは、当初の三九〇億円の保証による経済的負担を有限の物的保証に切り替えた後に行なった小金井第二工場の任意売却により、右三九〇億円よりもかなり低額の担保物件の換価価値を限度とする経済的負担で済ませ、他方、ジェー・シー・エルに対する求償権を取得することができたのであるから、蛇の目ミシンには、何らの損害も生じていない。

以上によれば、相手方の前記主張が誤りであることは、極めて明白であり、今後、本案事件の審理において主張、立証が追加されても、これが動かしがたいことは明白である。

(四) このとおり、相手方は、抗告人両名の取締役就任以前に既に発生していた事件につき、これを蛇の目ミシンに有利に解決しようとした抗告人らを含む取締役会の努力を非難するに過ぎないものであって、主張自体成立しえないものである。

(五) よって、原決定の基準によっても、前記請求原因事実についての抗告人両名の担保提供命令の申立ては、当然に認められるべきものであるところ、原決定は、具体的な理由を述べることなく、右申立てを却下したものであるから、原決定は、事実を誤認したか、法令の適用を誤ったものであって、取消しを免れない。

2.光進のミヒロに対する債務の肩代わり(抗告人両名 原決定の理由第二、一、2、本案事件訴状の請求原因第四、二)

(一) 相手方の本案事件の訴状請求原因第四、二記載の抗告人両名に対する主張は、要旨以下のとおりである。すなわち、

小谷は、光進のミヒロファイナンスに対する九六六億円の債務の肩代わりを旧埼玉銀行及び蛇の目ミシンに対し続けていたが、蛇の目ミシンの取締役である小谷、齋藤、安田ら及び旧埼玉銀行の首脳は、銀行の利益を第一とし、右光進の負債中、六〇〇億円の債務をジェー・シー・エル及び蛇の目不動産に肩代わりさせ、右債務の担保として、従来光進がミヒロファイナンスに対して差し入れていた蛇の目ミシンの株式一七四〇万株を両社が差し入れたことにした。右六〇〇億円の債務は、平成二年三月に、ジェー・シー・エルの債務として一本化された。その後、蛇の目ミシン株価の下落により、担保不足の状態となったため、ミヒロファイナンスは、増担保の要求をしてきたが、抗告人両名は、銀行の意を体して、蛇の目ミシンの平成三年度の取締役会において、何らの必要も利害もないのに、善管注意義務に反して、他の取締役を銀行の意向により威迫誘導しつつ、前記ジェー・シー・エルのミヒロファイナンスに対する六〇〇億円の債務のうち一三〇億円を蛇の目ミシンが保証する旨の決議をなさしめ、その結果、同社に右同様の債務保証契約を締結せしめ、もって、同社に一三〇億円の損害を与えた。

以上が相手方の主張の要旨である。

(二) 抗告人両名が取締役に選任された時期は、前記のとおり、抗告人岡田が平成二年六月二八日、濱嶋が平成三年六月二七日である。

従って、抗告人両各に関しては、ジェー・シー・エルがミヒロファイナンスに対して債務を負担したことは、取締役就任以前のことであるから、専らミヒロファイナンスとの和解自体が、当時の蛇の目ミシンの経済的負担を不法に増大させるものであったかどうかという点を問題にすれば足りる。

(三) 前記債務保証に至った事情は、以下のとおりである。

(1) ジェー・シー・エルの六〇〇億円の債務は、当初、同社及び蛇の目不動産が、それぞれ各三〇〇億円ずつ負担していたものであるが、やはり抗告人両名の取締役就任以前である平成二年三月に、すでに、債務者をジェー・シー・エルに一本化しており、ジェー・シー・エルは、ミヒロファイナンスに対して、光進が持っていた蛇の目ミシンの株式一七四〇万株を担保として、一本化された六〇〇億円の借入金債務を負担するに至っていた。

(2) ところで、右蛇の目不動産は、蛇の目ミシンの一〇〇パーセント子会社であり、蛇の目ミシンが最終的に右債務保証をした主債務者のジェー・シー・エル及びニューホームクレジットは、もともと、蛇の目ミシンの経営の多角化を図るために、ミシン以外の販売部門を独立させるべく蛇の目ミシンの関連会社として設立されたものであり(疎甲第七号証、第一六号証)、いずれも蛇の目ミシングループの一員である。

(3) また、ジェー・シー・エルは、前記のように、六〇〇億円の債務を負担するに至ったが、その担保としてミヒロファイナンスに蛇の目ミシンの株式一七四〇万株を差し入れていた。しかし、その後、蛇の目ミシンの株価が下がり、担保割れを来たしたので、ミヒロファイナンスから、補填の要求があり、更に、ミヒロファイナンスから、ジェー・シー・エル及び蛇の目ミシンを被告として、貸金返還請求、詐害行為取消等の訴訟が提起されていた。(疎甲第二一号証)

この訴訟において、ミヒロファイナンスは、蛇の目ミシンに対し、蛇の目ミシンが平成三年三月までにジェー・シー・エル及びニューホームクレジットに対して有していた債権を保全するために行なった(イ)ジェー・シー・エルのナナトミに対する債権の蛇の目ミシンによる譲受け及び(ロ)ジェー・シー・エル及びニューホームクレジットのためにケー・エス・ジー、光進の所有不動産に設定されていた根抵当権の蛇の目ミシンに対する転抵当権の設定を、いずれも詐害行為として取消す旨の判決等を求めていた。

当時、この訴訟は、長期化が予想され、判決の結果によっては、重要な物的担保を伴う高額の債権を失うことにより、到底回復しがたい損失を招くため、蛇の目ミシンにとって重い負担となっていた。

しかも、右訴訟の外にも、右ミヒロファイナンスとの和解がなされない限り、解決がなされる見込みはなく、蛇の目ミシンにとっての重圧であり続けるはずの以下の訴訟が存在した。

① ジェー・シー・エルのナナトミに対する金三〇〇億円の金銭債権の仮差押命令申立事件(右債権の担保として抵当権が設定されていた福島県いわき市所在の土地につき、蛇の目ミシンもナナトミから抵当権の設定を受けていた。)

② ナナトミの所有する福島県いわき市所在の土地建物について蛇の目ミシンの抵当権仮登記移転登記の抹消登記手続請求訴訟

③ 国際航業の株式二一三二万九〇〇〇株の株券引渡請求権の仮差押命令申立事件(当時、右株式はニューホームクレジットから蛇の目ミシンに譲渡担保として差し入れられていた。)

④ 国際航業株式会社の株式二一三四万株(右株式についても④と同様である。)についての金一億七〇七二万円の配当金支払請求権の仮差押命令申立事件

更に、これらの訴訟等が存在することは、企業イメージ、社内の士気の低下を招き、経営の不安定、信用不安に繋がるものであり、右訴訟を早期解決することが、蛇の目ミシンが本業に専念し、内外の信用不安を排除するための重要課題となっていた。

(4) 更に、この当時、蛇の目ミシンは、平成四年三月の決算に係る平成四年三月期内に、同社が当時有していたジェー・シー・エルやニューホームクレジット等に対する多額の不良債権を貸倒引当金、そして、又は、貸倒損失金等の特別損失として計上すべきであるという公認会計士の指摘を受けており、会計上、この処理に迫られていたが、右特別損失を計上した場合には、別に特別利益を計上しない限り、会計上、多額の債務超過に陥るはずであった。(同期の蛇の目ミシンの営業報告書によれば、約六六三億円の特別損失が計上されている。疎甲第三一号証)一時的にも、このような多額の債務超過に陥ることは、蛇の目ミシンの社会的信用を著しく損ない、株主に大きな不安を与えるものであり、何としても避ける必要のあるものであった。しかも、蛇の目ミシンは、本業のミシン販売において、前払式割賦販売業者の許可を受けており、本業を維持、発展させてゆくためには、この許可を取り消されることは、致命的であることはいうまでもない。すなわち、このような多額の債務超過状態が継続的なものと認められる場合には、割賦販売法二〇条の二、二三条の二項の規定により、通商産業大臣による改善命令を受けることになり、これが一定期間内に改善がなされないときには、許可を取り消されることとなっている。更に、無配継続五年、債務超過三年という状態に陥れば、蛇の目の上場廃止という決定的なダメージが待ち受けていた。

そして、蛇の目ミシンが、一旦、右のような巨額な債務超過となった場合、当時の蛇の目ミシンの本業の収益状況からすると、到底短期間内に、この債務超過の状態を解消する見込みはなかった。

また、この当時、前2記載のとおり、蛇の目ミシンが日本リースに対して小金井第二工場に設定していた抵当権が、同社により実行されることが確実な状況であり、これを避けるため、同社との交渉を重ね、小金井第二工場の敷地の売却を当時決定していた。蛇の目ミシンは、この小金井第二工場の敷地に加え、更に高尾工場の敷地の一部を売却すれば、四〇〇億円に近い特別利益を計上することができ、債務超過状態となることは避けられる見通しであった。しかし、右不動産の処分により得られた利益は、課税対象となることが確実であるから、蛇の目ミシンが当時抱えていた不良債権をいかに有効に無税償却できるかを、考慮する必要があった。

ジェー・シー・エル及びニューホームクレジットは、右当時すでに実質債務超過状態となっており、蛇の目ミシンの両社等に対する多額の債権は、回収の目処が立たない不良債権となっていた。

右のような不良債権を損金に算入し無税償却するための方法として、ジェー・シー・エルの破産、特別清算等の手段を考慮したが、破産手続には長期間を要し、不良債権全額の損金処理が著しく遅れること(税務実務上、法人税基本通達九―六―一(二)、九―六―五により、破産あるいは特別清算が結了するまでは、半分しか損金に算入できない。疎甲第二二号証の一、二)等を考慮すると、本件においては、不良債権全額の損金処理が直ちに可能となる特別清算の方が有利であり、しかも、同時に、ミヒロファイナンス関係の前記訴訟事件をすべて解決できるメリットもあった。

従って、ジェー・シー・エルの特別清算手続を選択し、不良債権を有効に無税償却することは、蛇の目ミシンにとって、経済的に極めて有利なことであった。

そして、前記のとおり、清算が結了するまでは、特別損失のうち、半分しか損金に算入できないから、蛇の目ミシンとしては、平成四年三月までに、どうしても、ジェー・シー・エルの特別清算を結了させる必要があり、そのための特別清算に係る協定についての裁判所の認可を得るためには、ジェー・シー・エルの債権債務関係を確定する必要があった。従って、蛇の目ミシンにとって、ジェー・シー・エルに係わる訴訟を平成四年三月までに解決することは、経営上他に選択の余地のないものであった。

(5) 抗告人を含む蛇の目ミシンの取締役らは、株式問題処理実行委員会、役員会等において、収集した多数の必要資料を分析し、訴訟に敗訴あるいは勝訴した場合、ミヒロファイナンスと和解しあるいはしない場合、ジェー・シー・エルが特別清算あるいは破産した場合というように、様々な場合に分けてその経済的効果等を予測し、弁護士及び税理士と緊密に相談しながら検討した。

このように、法律上及び税務上の問題を、十分検討したうえで、右の状況のもとにおいて、右訴訟を早期に解決するために、蛇の目ミシンが、右ジェー・シー・エルのミヒロファイナンスに対する債務の一部について保証することで、ミヒロファイナンスと和解をすることが最も適切な方法であるとの結論に達し、平成三年一二月ころの取締役会で全員一致でその旨決議された。

(四) 以上のとおり、ミヒロファイナンスとの訴訟上の和解を選択したことは合理的である。また、蛇の目ミシンが和解の結果、四三〇億円(相手方は「一三〇億円」と主張しているが、その根拠は明らかでない。)の債務を負担することになったとしても、当初の請求額における敗訴の危険、訴訟費用などを考慮し、一方で、右和解により取り戻した蛇の目ミシンの株式一七四〇万株と前記の多額の不良債権の有利な無税償却の点に加え、自社の重大な信用不安を回避できたこと、多額の節税がなされたこと、訴訟を継続した場合の金利負担を避けられたこと、債務問題を処理し蛇の目ミシンが本業に専念するきっかけを与えたこと等を考えれば、右和解をなしたことは、当時の取締役の経営上の判断として十分に合理性を有していたものである。

以上の事実は、当時、取締役会、株式問題処理委員会等における右の問題の検討のために使用された会社内部の資料からも客観的に明らかなことであり、もちろん、蛇の目ミシンに対して不法に損失を増大させるものではなく、現在においてこれを振り返ってみても、その合理性には一点の疑いも見出すことができない。

(五) このことは、抗告人両名以外の他の取締役も、以下のとおり、慎重に検討し、抗告人両名と同様の理解のうえで、右のような債務保証を行なうことが妥当であると判断していた旨述べていることからも明らかである。

(1) 「ミヒロとの和解については、日本リースとの関係で小金井工場第二敷地の売却をした場合、発生する売却益に対する巨額の課税を避けるためにも、ジェー・シー・エルの特別清算が必要であること、そして、この清算のためには、当時ジェー・シー・エルの主たる債権者であり、会社に対しても訴訟を起こしていたミヒロと和解し、清算に同意してもらうことが必要不可欠であること、放置すれば債務圧縮ができず、これにより信用不安が起こりかねないこと、これによる営業面への影響も甚大であること、和解額が債務合計の約三分の一であること等、交渉に当たった取締役の総合判断を尊重し、弁護団の意見も聞き、討議の上、会社再建のため必要と考え、この和解案に同意しております。事実、この和解によって、株式問題のうち、九六六億円という巨額の債務が整理され、他の関連債権も含め、多額の債権の無税償却が可能となっております。」(前記関浩一の陳述書 疎甲第二四号証)

(2) 「当時、その状況を放置すれば債務圧縮ができず、それにより信用不安が起こりかねないこと、これによる営業面への影響も甚大であること、和解額が債務合計の約三分の一であること等、総合判断を尊重し、討議の上、この和解案に同意しております。」、「ジェー・シー・エルの特別清算は、訴訟の原因となった取締役就任以前の右の問題の処理として行なわれたものであります。これが行なわれた平成三年一二月には、この清算が会社の存続と再建に必要であり、これにより巨額の再建の無税償却が可能となり、節税も含め効果が大であり、検討の結果、これを了承しています。」(前記村上一宇の陳述書 疎甲第二五号証)

(3) 「ミヒロとの裁判上の和解については、ジェー・シー・エルの特別清算との関連上必要な和解であったし、この結論を出すために、再三にわたって、常務会・取締役会を開催して論議を尽くし、且つ顧問弁護団の意見も聴いた上で、総合的な見地から早期解決・経済的負担の軽減を図るべく、高度の経営判断をしたものである。」(前記末永貞二の陳述書 疎甲第二六号証)

(六) 従って、ミヒロファイナンスとの和解によって、前述のとおり蛇の目ミシンの損失を最小限に食い止め、最悪の事態を回避した取締役会の決定に違法な点はなく、抗告人両名に何らかの責任が発生するはずがない。

なお、相手方は、抗告人両名が他の取締役を威迫誘導して違法な決議をなさしめた旨主張するが、そもそも、前記のとおり、決議自体、何ら違法な点がなかったのであるから、この点において、右主張はすでに失当というべきであるが、更に、他の取締役に対する威迫誘導などという事実が全くなかったことは、原審における申立人準備書面(一)第三、四及び本準備書面第二、一、2、(二)、(1)、③に詳述したとおりである。

(七) 相手方野口は、平成元年から蛇の目ミシンの一〇〇パーセント子会社である蛇の目不動産の常務取締役に就任し、その後、同社取締役副社長の地位にも就き、前記蛇の目不動産のミヒロファイナンスに対する三〇〇億円の債務負担等に関与するなどして、小谷・光進問題に深く関与してきたものであるから、前記のような経緯に関し、本訴提起の際、(二)記載の事実の全部及び(三)記載の事実の概要を知らなかったはずがない。仮に不明な部分があったとしても、このような重大な訴訟を提起する以上、然るべき調査を行なうことは当然であるところ前記の各事実は、有価証券報告書、営業報告書、訴訟記録等の公開の資料を調査しても容易に判明したはずである。然るにこれを怠ったものだとすれば、それは相手方の悪意を裏付けるものというべきである。また、元相手方嶋田かよの承継人嶋田元も、相手方野口とともに共同して本案事件の訴訟を提起している以上、悪意についても相手方野口と同一のものとして論じられるべきである。

3.以上に鑑みれば、前記1及び2の各請求に理由がないこと及び相手方がこれを認識していたことは明らかである。なお、仮にそうでないとしても、右各請求の原因は、各被告の責任原因等の主張において明確でなく、しかも、右主張の不十分さは、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があって、請求が認容される可能性がないもので、かつ、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があることが疎明されているものというべきである。

従って、今後、双方の主張・立証をまって判断するまでもなく、相手方の悪意を認定し、相当の担保提供命令が発せられるべきである。

第三 結語

以上のとおり、原決定中抗告人両名の申立を却下するとした部分には、商法二六七条五項、六項、同法一〇六条二項に関連する事実の誤認および法律の解釈の誤りがあるので取り消され、相当な担保の提供を命ぜられたい。

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